立ち止まった時間の中で、
さまざまな人の
「あした」を知りたくなりました。

Essay

2022.01.27

ここにあるもの ここでみたもの

 石川県で石川県の人と景色の写真展をした。終わってもう数ヶ月経っちゃったけど、どうしても言葉にしたかった温もりを書いてみる。まるで使い終わってもずっとあったかいカイロのような魔法の展示体験だったのかもしれない。

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 写真展にはさまざまな人が訪れてくれた。よんななの撮影で関わっていただいた方、告知や珠洲市内に置かせていただいた上の写真のチラシを見て来てくれた方、そしてなんと他県からもわざわざ足を運んでくださった方もいた。私自身そういうことは初めてだった。「そういう」っていうのはいつ誰が来るかわからない状態で、会場に待機しているみたいなこと。「行きますね」って言われても、本当に来てくれるのか、何時に来るのかはわからない。だから本当に来てくれたときは、会場の空気がオーロラ色に一変するような魔法にかけられた気分になっていた。

 たびたび見るオーロラが落ち着いた頃にあるご夫婦が来てくれた。お会いするのは前日に続いて2回目だった。前日というのは写真展の準備に明け暮れていた一日。会場となる場所は古民家の広い和室のため、ここをどうレイアウトすれば写真を楽しく見てもらえる空間にできるかよんななの2人と脳みそをにぎにぎしていた。広さをどう生かすか。展示2日前の夜に襖の代わりに白い布で壁を作ることに至った。

 今からそんな大きな布をどう手に入れるのか。一応ネットで見るとAmazonで翌日に届くとなっていたが、さいはての翌日配達を信じきれず、町の手芸屋さんに行くことにした。行き着いたサイトだけが頼りだったため、念のためお店の時間を電話で確認した。電話の声の時点で耳が少し赤くなった。わけのわからないことを何度も確かめる私に、優しい声で対応してくれた。そして明日の朝一で手芸屋さんに行く予定が何よりも最優先に決まった。

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 珠洲(すず)市に何度も撮影で訪れていると言っても、いつも行く場所は決まっていたため初めて降り立つ商店街だった。その中にある手芸屋さん。東京にいるとなかなか手芸屋さんを見かけることも行くこともない。フェルト生地やチャコールペンシルとかあって、なんだか子供の頃にそれらを手にした時を思い出すような店内だった。地元じゃない人間がいきなり白い布を求めに来たにも関わらず、とても丁寧に生地の違いなどを説明してくれた。お話を聞くとご夫婦でされているとのことで、ふと写真展に来てもらいたいと思い、宣伝用のポストカードをお二人に渡した。

「この展示でこの布を使わせていただくんです」

「そうなんですか。それは嬉しいわねぇ。ぜひ伺います」

と言われてもほんとに来てくれるかはわからない。でもその気持ちが嬉しかったし、準備で慌ててた気持ちが表情柔らかなお二人と話して心がゆるまった。

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 手芸屋さんを出ると隣に文房具屋さんがあり、展示に必要な画鋲などを購入できた。あと展示だけじゃなく販売するものもあるため、買っていただいた方に渡す小袋をゲットしたかった。文房具屋さんに説明すると、その大きさはなかなかないとのことで断念して出ようとしたら、お店の方が棚の奥からビニールを引っ張り出して「これ使わないから、こんなんでよければ差し上げますよ」と言ってくれた。まさに求めてるサイズだった。

 こんな魔法のランプのようなことがあるのかと、あ、また魔法。兎にも角にも2店舗立て続けの優しさに珠洲がまたさらに好きになってしまったのは魔法じゃない、人の温かさという確かな理由だった。しばらくその商店街をぶらぶらしたかったけど、私たちにそんな時間は残されていなかった。
 さぁ、必要な物はすべて揃った!準備だ準備ー!

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 というわけで、秋の気持ちいい陽の光が入る中、写真のレイアウトを始めた。学生時代、部活の試合で毎年文化祭に参加できなかったため、遅れてやってきた文化祭を擬似体験してるかのように気分が高まっていた。最初に言った「そういう」の中には、こうしてみんなで創作して何かを展示すること自体も含まれていることに今気がついた。よんななのおかげで「初めて」を盛り沢山に体験させてもらってるね。

 初めてなりにドキドキしながらレイアウトしていき、47枚の写真は部屋のさまざまなところに散りばめられた。(あ、実は「よんなな」にちなんでこっそり47枚の写真展にしていた。)あとは訪れてくれる方を待つのみとなった。

 そして話は戻り、展示1日目の夕方に来てくださったのが、この手芸屋さんのご夫婦だった。本当に来てくれると思わなかったから、最初は曖昧なオーロラだった。昨日お会いした方だと鮮明になるまで少しだけ時差があった。それくらい仰天する来訪。あの時、開店時間を電話でも聞き、何度もサイトを見ていた私は「あれ?この時間ってまだ営業中じゃないかな?不定休って書いてあったからお休みなのかな?」と頭をよぎったけど、来てくれた感激の方があまりに勢いがあったため今は一旦頭に置いておくことにした。

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 これが購入した布ですなんて話してたら、奥様が

「この靴箱はどこの学校ですか?」と聞いてくれた。

「これは緑丘中学校なんです」

「え!私、卒業生なんです。もう何十年も前ですけど」

まさかのOGだった。更なる感激の波が高くなり、

「え!実は昨日緑丘中学校で講演みたいなのをさせていただいたんです」

 1週間前に校長先生から「東京から見た長内さんの珠洲に対する魅力を授業で話してほしい」と言っていただき、60分ほど話させてもらった。私が話せることは素直に感じたことだけ。東京に住んでるけど、地元の神戸が大好きで、だからこそ珠洲もこんな風に感じるということを話した。自分の地元や今住んでる東京のことなども考えられたので、私にとって貴重な時間にもなった。今、緑丘中学校では自分たちの住んでる町、珠洲市の魅力を知ってこれからを考えようみたいな授業をしている。私もそんな授業を地元で受けたかったと思った。そんな話を奥様にしたら、

「娘たちもみんな出てっちゃってね。引き止められなかったね」

「中学生に珠洲から出たいと思っている人ー!って質問したら、数人しか手が上がらなかったんです」

と言うと、奥様は一瞬の間で目を見開いて

「そうなの!?そんな授業、私の時も娘の時もなかったなあ。じゃあ今は少しずつ良くなってるのかな。それだったら嬉しいね」

と言ってくれた。珠洲に生き続ける方の思わず漏れた切実さを垣間見た気がした。なんだか身体がきゅーとなりながら、最後に置き去りにしていたことを聞いてみた。

「今日はお休みだったんですか?」

「いえ、シャッターに少し出かけてきますって貼り紙して出てきました」

「え!わざわざ・・・じゃあ今からまたお仕事に戻られるんですか?」

「そうですね。でも来れて良かったです」

 その貼り紙はきっと手書きなんだろうなあとか余分なことがよぎるほど、お二人のご好意が私の心をゆるゆるにほぐしてくれた。
本当にありがとうございます。

「これも何かのご縁ですからまたお立ち寄りくださいね」

と帰り際に言ってくださった。何度も来てる町でまだ新しい出逢いがあるのか。でもそれは写真展がなかったら確実になかった出逢いだった。すべての出逢いは単独では決して起きない。何かの繋がりが新たな繋がりを生んでくれる。そんな連鎖を強く感じたのがこの写真展だった。

 知ってる景色のはずなのに写真を見て「ここどこですか?」と聞いてくれて、改めてその場所の美しさを感じてもらったり、「今日の夕陽も綺麗でしたよ」と教えてくれたり、「あ、長さんだ!豪くんだ!」と写ってる人に反応してくれる人も多かった。見たことない表情だなんて言ってくれたりして。「またこういうのを珠洲でやってください」と言ってくれる人もいた。これらの反応は全く予期してなかったし、同時にこの反応は一緒に動いてる窪正晴と堀山俊紀のおかげだというのを強く感じた。監督のくぼちゃんは全体を丁寧に見守ってくれて、撮影のとしちゃんは優しい眼差しで切り取ってくれる。この二人のおかげの写真展での反応だと思った。それがすっごく嬉しかった。私が一番魔法にかけられているのかもしれない。オーロラはまだまだ消えなかった。

 ある方が娘さんと一緒に来てくれた。私が知る緑丘中学校は見た感じいろんな部活がありそうだったけど、その女の子が通う中学校には卓球部しかないと言う。理由は「人が少なくてもできるから」。どう反応したらいいかわからない回答に「なるほど」なんてその場しのぎの言葉しか出てこなかった。恥ずかしがっているのか、もしくは質問する私がめんどくさいのか、少し表情が強ばるその女の子に聞きたくなった。

「珠洲は好き?」

「好き」

その回答はオーロラではなく、虹が見えるような軽やかになる嬉しさに変わった。どういうところが好きか気になった。

「なんで珠洲好き?」

「田舎だから」





 即答だった。聞き慣れない理由があまりのスピードで耳に入ってきた。危うく聞き逃しそうになるその言葉をぎゅっと抱きしめたくなった。このご時世じゃなかったら、いきなりその子をハグしてたかもしれない。気持ち悪がられると思うから、ディスタンスな世の中に救われた。ハグできない代わりに、私の目が赤くなっていた。これまた気持ち悪がられると思うから、日が短くなった季節の暗さに救われた。それくらい、それくらいね、なんか私にとってその言葉は単純な一言で済ませられなかった。私がその年齢の時は「憧れ」がきっと強かったから。現状じゃないどこかや誰かを切望してた気がする。その子の言葉を聞いた時に自分の未熟さが遅れて返ってきた感覚に似ていたのかな。忘れられない瞬間を味わった。



 訪れてくださる方々のお話や言葉を聞いて、自分を振り返ったり、現状を見つめ直せたり、展示する側なのに示してもらうことがたくさんあったんです。帰り際に「応援したくなりました」とよんななに興味を持ってくださる方もいて、初めて密着させていただいた県でそんな風に言ってもらい、よんななにとって「ここにしかない始まり」となりました。1回しかない「初めて」はオーロラが見えるような奇跡のような時間だったのかもしれません。「奇跡は一人では起こせない」なんてどこかで聞いたことあるような言葉をたくさんの人に話したくなるほど実感しました。奥能登、珠洲市の皆さんが温かく受け入れてくださったおかげの経験です。
 本当にありがとうございました!!

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文章・写真:おさない えりか