立ち止まった時間の中で、
さまざまな人の
「あした」を知りたくなりました。

Essay

2021.11.29

ほころび散歩

 散歩してる時の「あっ」と何かが繋がる瞬間みたいに、ふと思った。 

      これからは「おさない えりか」で文章を書いてみよう

 2ヶ月前、上京するまで一緒に住んでいた祖父が亡くなった。それをキッカケに、実家にあるすべてのアルバムを見返してみた。おじいちゃんと二人で散歩した時の写真、私が撮ったおじいちゃんと弟の散歩風景、雨が降ってご機嫌斜めな私、その時のありのままが写真に残っていた。幼稚園の名札には「おさない えりか」の文字。かつて一番目にして、一番手で書いたのが「おさない えりか」という字体だったじゃないかと、すっかり忘れていたことが一気に蘇った。あの頃には戻れないけど、ふと戻りたくもなったり、今でも忘れたくないこともあったり。なんだか、あの頃の目線と好奇心をより大切にしたくなった。

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 この『よんなな』は「会いたい聞きたい知ってもらいたい」の気持ちで始まった。実際会いに行き、お話を聞くと、元々の好奇心以上の発見と繋がりが生まれ、その場所の人や自然に寄り添いたくなるのが、私はたまらなく好きだ。それは行った先々で寄り添ってくれる風景があって、寄り添ってくれる人たちがいるからなんだといつも思う。

 東京で暮らしていると当たり前に感じることがある。コンビニは近い、夜も明るい、空が狭い。奥能登で暮らしていても「当たり前」があると思う。夜は自然のプラネタリウム、地魚がある、目の高さに景色が広がっている。どっちも、その場所の「日常」なんだよね。その日常にびっくりすることもあれば、居心地の良さに住めるとさえ思うこともある。そのギャップが、自分の中に積み重なっている「当たり前」から離れられる瞬間の面白さな気がする。多分これからも、真っ暗な中にあるコンビニの店内の明るさが眩しく感じるんだろうな。そういう東京にいると感じないことがたくさんあって、『よんなな』で訪れたその地で「みっけたこと」を少しでもほころぶ言葉にできたらなと思い、この場所を作ってもらった。

 名前は「おさない えりか」で書いてみます。急にかしこまっちゃったけど、47都道府県のそこにしかない出会いを通して、夢中だったあの頃の散歩のように書き記していけたらと思います。これから『読む、よんなな』もどうぞよろしくお願いします。

文章・写真:おさない えりか